PROFILE
賢者プロフィール
氏名 | 柴崎 龍吾 |
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会社名 | 株式会社うすい |
出身地 | 群馬県 |
出生年 | 1952年 |
趣味 | 農業、旅行、演劇、美術鑑賞 |
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特技 | 小型コンポ(油圧ショベル)の操作 |
休日の過ごし方 | 農作業、旅行 |
座右の銘 | 日々新た |
心に残る本 | 『三四郎』夏目漱石 |
尊敬できる人 | 小倉昌男 |
現在の仕事の魅力と苦労 | 人を育てることの面白さとそれを営利事業として成り立たせることにやりがいと苦労を感じます。 |
日本を背負う若者へのメッセージ | 空気に流されず、自分の道を進むことにやりがいを感じてほしいと思います。そして日々よりよくなろうとしてほしいです。 |
HISTORY
賢者ヒストリー
小中学生時代は田舎だったので、山や川でカブトムシをとったり、魚を素手でとっていたりしていていました。スピードスケートや柔道をやっていましたが、あまり真面目に取り組んではいませんでした。高校時代には映画少年で年間200本くらいを観ていました。大学時代は、演劇サークルから劇団を創設、脚本・演出・役者としても出演し、京都から東京へと進出。学園紛争の真っ最中でバリケードの中で公演を行いました。東京で壁にぶつかり、脚本の道にしぼり、作家秘書・放送台本の執筆やゴーストライターを行っていました。
大学卒業まで放送作家、そして劇作家見習いをしていましたが、卒業時期がちょうど第一次オイルショックと重なり、就職を断念。しかし、文筆業の夢は捨てきれず、実家のある群馬と東京を往復する生活を始めました。そんな時、父が地方選挙で落選し、家も一気に余裕がなくなり、近所の人から「うちの子どもを見てくれないか」の声にのって自宅で週末だけの塾を始めました。それが今のうすいの始まりです。東京都群馬の往復は6年続けました。
開塾当初から、生徒は自分で勉強をして分からないところは、私が答えたり、生徒同士で教えあったり、というスタイルでした。その当時、親から頼まれてうすいに来ていた子は、学校の授業に少しついていけないような子たちでした。そのような子たちはうすいに通い、初めて勉強を主体的にするようになりました。すると勉強を分かってくるにつれて、表情はみるみる明るく、元気よくなってきました。その生徒たちの表情を見るのがとても嬉しかったです。その後も、枠にとらわれない自由な発想を心掛けました。
緒方洪庵の適塾や、松下村塾というのは、先輩が後輩を教え合う風土でやっています。うすいもその考え方でやっており、現に、高校生が中学生を教えたり、大学生が高校生を教えたりしています。子供が子供を教えるのは凄い可能性をもっていると思っています。この塾本来の形を関東圏に広げていきたい、と思っています。
COMPANY
会社概要
企業名 | 株式会社うすい |
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所在地 | 群馬県群馬県高崎市栄町6-43 |
業種 | 教育・学習支援業 - その他 |
設立 | 1975年 |
資本金 | 2,000万円 |
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従業員 | 105名(2016年4月現在) |
事業内容 | 地域密着型進学塾「うすい学園」の経営・運営、各種教材・テキスト・テストの編集・制作 |
URL | http://www.usuigakuen.co.jp/ |