株式会社横引シャッター
市川 慎次郎

父の声が聞こえる

将来、事業を継承する覚悟は、とうの昔にできていた…はずだった。月日が経ち、父との別れは前触れもなく訪れる。それと同時に賢者は社長となるのだが、心は全てを受け入れられずにいた。そんな時気付かされたのは、社員の気持ち。「辛いのは自分だけじゃない」、賢者は運命を受け入れる覚悟を決めた。

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賢者プロフィール

氏名 市川 慎次郎
会社名 株式会社横引シャッター
出身地 埼玉県
出生年 1976年
こだわり 創業者の遺志
趣味 仕事・家族と一緒に過ごす
休日の過ごし方 仕事を離れて家族とべったり濃厚に過ごすことが明日への活力になる
座右の銘 出会いに感謝
尊敬できる人 父 市川文胤
現在の仕事の魅力と苦労 横に引く特殊シャッターは、まだまだ世の中の認知度は高くありません。しかし、上下に開閉する通常のシャッターと比べ、様々な優れた利点があります。この利点を活かして、昨今問題視されている各種問題を解決していきたいと思います。
日本を背負う若者へのメッセージ ◆いつになっても自分自身の原点を忘れずに。
◆『今出来る事・今やれる事』×『時間』=『夢・希望・目標』
若い時には『時間』があります。『今出来る事・今やれる事』にちゃんと『時間』を掛ければ、自分の『夢・希望・目標』は叶います。
◆人の為に働き、自分の為を最後に考える事。

賢者ヒストリー

  • 幼少期~学生時代について

    『男の子は学生の内に遊んでいなくて、いつ遊ぶんだ。』という屁理屈を持って、いつも遊んでいた悪ガキ。ケンカや遊びばっかりで、勉強は下から数えた方が早い。15歳の時に『今更勉強しても、優等生には敵わないから勉強するのは止めよう。だけど社会人になっても負けてしまったら、ずっと負けっぱなしの人生になるのは嫌。社会人の世界では絶対に負けない!』と決意した。転機は17歳。挨拶・返事には口うるさい父に『たまには親子の会話を』と思い、話しかけたが『うん』でも無ければ『すん』でもない。母にその愚痴を言ったら『お父さんは家族の為、社員の為、会社の為に朝から晩まで、会社でしゃべり続けているの。家に帰ると返事も出来ない位クタクタになっているんだけど、隣で息子が話をしてくれている事が嬉しいんだよね。』と教えてもらいました。それ以降『1回で1回の返事をもらうのではなく、10回で1回の返事で良いや。』と素直に思えた。

  • 社会人時代について

    今振り返ると、創業者である父から自然と帝王学を教えてもらっていました。決して楽ではなく、苦しい時代だったと思いますが、父を信じ、会社を信じる事が出来たのが、自分自身が行った一番の努力だったと思います。
    『出来ない事は約束しない。』『決めた事は必ず守る』の当たり前の事を当たり前として、事の大小に関わらず、行動する事をいつも思っていました。大きな理想が『絵に描いた餅』になるよりも大きな理想に向かっての『現実の一歩』を意識し、何を積み上げていけば、夢・希望・目標に届くのかをいつも考えていました。
    入社したては『自分には技術も経験も才能も何もないが、唯一【若さゆえの時間】はある』と考え、『今出来る事・今やれる事』×『時間』=『夢・希望・目標』を意識しておりました。

  • 就任のきっかけ

    創業者である父が急逝したことがきっかけです。No1の社長業よりも、No2の軍師役が性に合っており、正直、社長にはなりたくありませんでしたし、その事はよく父に話しをしておりました。
    しかしながら、父が亡くなり、創業した会社を潰す訳にいかない事と中小企業の社長は自身の身体を盾にして、会社を、社員を守っていた父の後ろ姿を見て育ったので、その父の名代として、一念発起して社長になりました。
    また、父の時代から父に仕えてくれた古い社員の後押しが合った事も大きな理由です。

  • 就任当初について

    先代の頃から叩き上げで経営をさせて頂いていたので、世間で良く言われる『古株 対 若社長』の戦いはなかったです。創業者が亡くなってからの世代交代だったので、外的要因で経営が悪化しない様に、創業者の遺志からずれない様に、と何しろ必死でした。
    家の問題で、会社経営に支障をきたす大きな混乱はあり、落ちた信用の回復など本当に苦しい時代がありましたが、最終的には『雨降って地固まる』で、結果全て良い方向で収束しました。
    No2時代に管理・経営はしていたが、自身が社長になり『同じ事をやっていたら、社長の給与は稼げない。』と思い、社長しか出来ない仕事を意識しております。

  • 今後の目標

    ①『山賊から武士へ』
    『腕は有るけど、品はない。今まではがむしゃらに突き進むだけでよかった』言わば山賊の時代でした。しかし、これからは品格を備えた仕事をしなければなりません。武士のように、他人からどう見られているかを意識し、実行できる会社を作る。
    ②『良い物が売れるのではない、お客様の欲しい物が売れる。』
    開発メーカーは『良い物を作れば、売れる。』と言う自己満足に陥る傾向が強い。『良い物』ではなく、いつでも時代に求められる『お客様が欲しい物』を世に出していく会社を作る。
    ③『スピードで感動を与える』
    モノが少なかった高度成長期時代とは違い、何でもある今の飽食の時代にただ普通にやっていてもお客様は感動しない。『スピード』と言うキーワードを使って、お客様に『感動』を与える会社を作る。

会社概要

企業名 株式会社横引シャッター
所在地 東京都足立区綾瀬6-31-5
業種 製造
建設
設立 1986年
資本金 1,000万円(2015年4月現在)
従業員 40名(2015年4月現在)
事業内容 駅の売店でお馴染みの、横に引くシャッターの専門メーカー
URL http://www.yokobiki-shutter.co.jp

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